食の記憶/昭和の郷愁じょばんにが少年のころ. じょばんにの家は,中部地方のとある山村の中心部を流れる川の河岸段丘の上の高台にあった. 田舎にしては都会的な小さな木造住宅だった. 澄んだ空と白い雲,木々や林や森 や美しい田畑に囲まれた家だった. じょばんにが生まれ育ったのは昭和30年代から40年代. 高度成長期. 敗戦によりどん底まで落ちた日本が,急速に経済成長を遂げていった時代だ. じょばんにが住んでいた田舎にも洗濯機,テレビ,冷蔵庫などの電化製品が普及していった. 一般家庭でも自動車が持てるようになった. 食生活では,田舎の商店にも,カレー、ラーメン,ハンバーグなどのインスタント食品が並ぶようになった. パンやお菓子も豊富になった. 田舎の生活も大きく変わっていったのだ. じょばんにが2〜3歳のころ,最初に買ってもらったおもちゃ. ダイハツミゼットだ. おばあちゃんに買ってもらった. ブリキでできたかなり大きなもの. いや、幼かったから大きく見えただけかもしれない. 裁縫の内職をしていた母が践むミシンの音や台所でまな板を叩く包丁の音. これを聞きながら,畳の上でブーブーと言って動かしながら遊んものだ. (写真 ダイハツミゼット初期型 昭和の郷愁サンニイ情景友の会HP作品ギャラリー「鶴亀商店」より)食の記憶/大衆食堂 昭和50年代の初め, じょばんには,大学に進学して故郷を離れた. 戦後間もなくの昭和の面影を色濃く残す大都会の下町で,一人下宿生活を送ったのだ. 食事は,金がな かったから,学生食堂,大衆食堂,路地裏のラーメン屋で食べた. 行きつけの大衆食堂は,コンクリート叩きに古びたデコラのテーブルとパイプ椅子. 薄汚い食堂だ. 店内のガラスケースの中には,焼き魚や煮物のおかずが並んでいた. 大盛ご飯にみそ汁と食べた. 道路工事の作業員や工場の工員の人々の中に混じって一人黙々と食べた. それでも,少年のころに田舎では食べたことのなかった新しい食と次々に出会った. カツカレー, カツ丼,ハンバーグ,メンチカツ,オムライス ,スパゲティなど. 貧乏学生のじょばんににとっては大きな驚きだった. 学食や大衆食堂で食べたあの時の味は,どれも昭和レトロな懐かしい味ばかりなのだ. (写真 マル米食堂/函館市若松町) 食の記憶/銀河食堂 銀河食堂. 現在のじょばんにの家の食堂をこう名付けることにしよう. 就職し結婚して経済的余裕もできた. ありとあらゆる食がある現代. 銀河食堂には様々な食が並んでもいいはずだ. いや,じょばんににとっての食の原点は,田舎飯. そして,貧乏学生時代に食べた大衆食だ. 今でもこれがじょばんににとっての食なのだ.(2008/8)
Author:じょばんに ---------------------”じょばんに”の幼少のころからの食の記憶をたどります.