jov's house

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カレーライス

カレーライス

少年時代,カレーライスの虜になった僕は,大学生なってもやはりカレーライスを食べ続けたのだ.
大衆食堂,学生食堂,喫茶店,カレースタンドなどあちこちで食べた.
ラーメンとともに僕の食の柱となった.

かつて大衆食堂で食べたお家風のポークカレーライス.
白のカレー皿に盛られた大盛りごはん,黄色のルー,らっきょや福神漬け.
そんなカレーライスを黙々と食べた.
満足だった.

路地裏ラーメンとともに,こんなカレーライスに出会うのがレトロ食散歩の目的でもあるのだ.
(写真 少年カレーライス じょばんに風/自作 2006/9)

 

路地裏ラーメン

ラーメン

ラーメンは,貧乏学生であった僕にとって貴重な食べ物だった.
ラーメンライス,ちょと贅沢に半チャンラーメン.
安くて旨くて量があるからだ.
ラーメンなくして僕はここまでこれなかっただろう.
そう思うほどよく食べた.

大衆食堂で食べた食堂ラーメン,路地裏の大衆中華食堂やラーメン屋で食べた路地裏ラーメン.
いろいろあった.

どの店も小さく薄汚れていた.
昭和レトロな店ばかりだった.
油で汚れたカウンターやパイプ椅子.
壁には,中華そば,ワンタン麺,チャーハン,カレーライス,カツ丼といったメニューが貼られていた.

どのラーメンも昭和の昔懐かしい旨いラーメンだった.
だから,そんなお店を見るとラーメンが無性に食べたくなるのだ.
(写真 サッポロ一番うわさの人気店シリーズ ちばき屋(東京/葛西)支那そば/自作 2006/7)

 

カツ丼

カツ丼

大衆食堂のメニューの中の大好物は,やはりカツ丼 だった.
少年のころ,母は,僕の好物であるとんかつを作ってくれてはいたが,カツ丼を食べたことはなかったのだ.
わざわざとんかつを丼にするまでもなく,そのまま食べれば良いと考えたからなのだろうか.

確かに,カツ丼 は,とんかつを揚げてから更に一手間かかる.
揚げたてのとんかつをそのまま食べれば十分においしい のだ.
それを更に一手間かけるのは面倒なものだ.
田舎では,カツ丼を作る家庭は意外に少なかったのだろう.

僕がカツ丼を最初に食べたのは,行きつけの大衆食堂 でのことだ.
大きな丼に入った大盛だ.
とんかつも大きくて厚め.
よく揚がっていた.
カツ丼になってもサクサク感が残っていた.
たっぷりの溶き卵たまごでとじられていた.
旨かった.

だが,大衆食堂の高級メニュー.
めったに食べることはできなかった.
僕にとっては,未だにあこがれのメニューなのだ.
(写真 カツ丼/自作 2006/5)

カツカレー

カツカレー

カツ丼とともに,カツカレーライスなるものに出会ったのも大衆食堂だ.
お家ではとんかつとカレーライスは,別々の機会のメニュー だったのだ.
少年の大好物の2つのメニューが融合して,一つのメニューとなることはついぞなかったのである.

僕がこのドリームコンビに 魅せられないはずはない.
だが,その大衆食堂のカツカレーは,あまり旨くはなかった.
カツとカレーソースのマッチングが悪いのだ.

その後,僕は,旨いカツカレーを 求めていろいろなお店を渡り歩くことになったのだ.
(写真 カツカレーライス/自作 2006/10)

味噌ラーメン

味噌ラーメン

路地裏のラーメン屋のメニューにも味噌ラーメンが登場するようになった.
昭和40年代から50年代にかけてのことだ.
札幌以外の町にも,ようやく味噌ラーメンが定着したのだろう.

僕が少年のころに食べた味噌ラーメンといえば,サッポロ一番みそラーメンだ.
だから,味噌ラーメンといえば,そんな味を想像していた.

だが,実際に食べたラーメンやの味噌ラーメンは違っていた.
味噌スープにコクがあって旨かった.
ラードも多目に入っている.
麺も太くて力強かった.

それまで食べ慣れたあっさりタイプの醤油ラーメンよりも旨いと思った.
以後,味噌ラーメンの大ファンとなった.
若かったからだろうか・・・.
(写真 さっぽろ純連のおみやげ味噌ラーメン/自作 2006/10) 

ナポリタンスパゲティ

ナポリタンスパゲティ

今ではどこでも本格的なイタリアンパスタを食べることができる.
しかし,僕の学生時代,スパゲティといえばナポリタンだった.
つまりケチャップ味のパスタだ.

茹でたロングパスタ,玉葱,ピーマン,魚肉ウィンナーやハムをケチャップで炒めたものだ.
その元祖は,横浜のホテルニューグランド(創業昭和5年)とされている.

これを熱々の鉄板に流した溶き卵の上に載せるスタイルは,名古屋流だ.
名古屋の白壁にある喫茶店ユキのマスターが,昭和50年ころに考案したようだ.
名古屋ではこれをイタリアンスパと呼んでいる.

僕の学生時代には全国に普及していたのだろう.
喫茶店の定番メニューになっていた.
この懐かしい味を思い出すたび,今でも家で作って食べている.
タバスコをたっぷりとかけて,ライスと一緒に食べるのだ.
(写真  ナポリタンスパゲティ名古屋風/自作 2006/7)

牛丼

牛丼

昭和40年代の後半ころであったろうか.
お家でもすきやきや牛肉の生姜焼きを食べるようになった.
それまでは,鶏肉を除き.
父がどちらかというと肉を好まなかったからだ.

とはいえ,不思議なことに,家で牛丼を食べた記憶がない.
すきやきや牛肉焼きで十分だったからなのかもしれない.

僕が初めて牛丼を食べたのは,大学生時代,大衆食堂でのことだ.
そのとき,牛丼とはすきやきとごはんを組み合わせたような食べ物だと思った記憶がある.
合理的で旨い丼だと思った.
当時,吉野家チェーン店はあったのだと思うのだが,お店で食べた記憶はない.
残念なことをしたものだ.
(写真 牛丼/自作 2006/9)

ハンバーグ

ハンバーグ

僕が少年時代に食べたことのあるハンバーグといえば,マルシンハンバーグだ.
ハンバーグという料理の味は,マルシンハンバーグの味のようなものだと思っていた.
これにカゴメのウスターソースをかけて食べるもの.
そう信じていたのだ.

ところが,確か学食だったと思うが,食べたハンバーグは違っていた.
熱く焼かれた小判型の鉄板の上に丸々とした大きなハンバーグが載っていたのだ.
デミグラスソースが天板の上でじゅうじゅうとおいしそうな音を立ててい た.
付け合わせは,目玉焼き,にんじん,いんげん,じゃがいもだ.

これを食べて驚いた.
旨い.とにかく旨い.
これがハンバーグか.僕はショックを受けた.
マルシンハンバーグは,ハンバーグの偽物だったに違いない.そうとも思った.

安い洋食屋や喫茶店でもハンバーグを食べた.
すっかりハンバーグの虜になってしまったのだ.
(写真 ハンバーグ/自作 2006/10)

焼きそば

焼きそば

僕が少年時代に食べた焼きそばといえば,日清焼きそばだ.

大学生時代,下宿近くの行きつけの喫茶店には焼きそばがあった.
焼きそばそのものは大阪のソース焼きそばと同じだ.
これが小判型の鉄板に載っていた.
具は,キャベツに豚肉.
目玉焼きも載っていた.
しかも,かつおぶしが大量にかけてあった.
鰹節とソースとが相まって旨い焼きそばだった.

今でもソース焼きそばを作るときはこのスタイルで作る.
麺は,蒸し麺よりも水気の少ないパサパサな麺がいい.
これが僕にとっての一番旨いソース焼きそばの食べ方なのだ.
( 写真 焼きそば/自作 2008/10)

ウィンナー

ウィンナー

行きつけの大衆食堂にウィンナーというメニューがあった.
ウィンナーといっても高級な本格的ウィンナーではない,
赤い魚肉ウィンナーを炒めただけのものだ.
キャベツの千切りが添えられていた.

このメニューは安かった.

だから,これに丼ごはんとみそ汁を注文して食べていたのだ.
食べた回数が最も多かったかもしれない.
僕にとって心強いメニューだった.

今でも多くのメーカーから赤ウィンナーが販売されている.
もちろん家には常備してある.
塩と小ショーで炒めてお弁当のおかづにしたり,ナポリタンにも使うからだ.

ただ,どこのメーカーのものがおいしいのかは分からないが,昔の赤ウィンナーと比べると,中身が柔らかくなっているように思える.
昔の赤ウィンナーは,もう少し弾力のある堅めのものだったように思えるのだが・・・・.
(写真 ウィンナー/自作 2006/10)